東京大学大学院 中原研究室の「ワークショップ温泉にご用心」という記事。
中原先生の定義するワークショップ温泉とは、
「ワークショップ・研修に日々参加することが、「温泉」のごとく気持ちよくなってしまい、反面、現場でアクションをとることに、億劫になってしまう状態」
とのこと。
ワークショップ温泉は「研修温泉」や「セミナー温泉」にも言い換えられる言葉で、各地のセミナーに参加したり、自主研究グループを運営する身として、ドキッとしました。
確かに、自主研などには、熱い人たちが集まるので、全体として暖かく、気持ちが良いです。
また行きたい!という気持ちにもなります。
でもこれって「非日常」の楽しさなんですよね。
TDRやUFJに行くというのと同じように。。。
「学習とは、自らの行動パターンを変えることである」
とあるセミナーでお聞きした言葉です。
学んだことが行動に結びつかなければ、実践に生かさなければ、そこで学んだことは単なる「情報」でしかない。。。
学びに行っているのではなく「情報収集」に行っているにすぎないということですね。
しかし、時には、疲れた心身を癒すために、温泉につかりたいですよね。。。
そういうときもあるんだと思います。
でも、単なるレジャーに終わることのないように、
学びを実践に結びつけることを意識して、
これからも学びの場に身を投じたいと思います。。。
自戒を込めて。
2017年6月5日月曜日
2017年5月17日水曜日
「学然後知不足、教然後知困」
「学然後知不足、教然後知困」
( 書き下し)
「学びて然る後に足らざるを知り、
教えて然る後に困(くる)しむを知る」
「学びて然る後に足らざるを知り、
教えて然る後に困(くる)しむを知る」
学ぶことによって、
自分の知識や経験が
いかに足りないかを知り、
人に教える時になって、
教えるものとしての自分の未熟さと
努力の必要度を知る。
自分の知識や経験が
いかに足りないかを知り、
人に教える時になって、
教えるものとしての自分の未熟さと
努力の必要度を知る。
五経の一つ「礼記」の一文です。
「何でそんなに外に勉強に行くの?」とよく聞かれます。
でも、学びに行かないと、自分の足りなさがわかりません。
そして、学びの場で、他者との交流がないとなおさらです。
今日の学びを終え、あらためてこの言葉を思い出しました。
そして、自分の力量ではまだまだは思いながらも、講師の要請に応えるのも、足りなさを確認するためなのかもしれません。
登壇することって、最大の学びの場ですから。
学びに行っても、登壇しても、まだまだ足りないなぁと感じればよいのだと思います。
成長する余地があるということですし、まだまだのびしろがあるって、楽しいじゃないですか。
2017年3月1日水曜日
小さなメディアを大切に
ジャーナリスト楽校inこだいらを始めるよりも前の話です。
当時、産業振興課だった私は、他の係の人たちとブルーベリーを小平の看板にしようと掲げました。
とにかく目立つには「大手メディアに取り上げてもらおう!」とと広報媒体の知識も広報戦略もないまま、やみくもに考えていました。
そんな時期、某大手ラジオ局の方に相談したところ言われた言葉が・・・
「小さなメディアを大切にしなさい。」ということ。
言われた私たちは、当初その意味がよくわかりませんでした。
その方は続けて・・・
「メディアはメディアを取材する」という言葉も。
『大手メディアも、地域の小さな記事までは追えないので、地域情報紙をしっかり見ている。
『大手メディアも、地域の小さな記事までは追えないので、地域情報紙をしっかり見ている。
地域情報紙を疎かにするのではなく、しっかり連携して、記事掲載すれば、いつの日か必ず大手が来る。』と教えられました。
小さなメディアからはじめて、大きなメディアにつなげるといわれても、聞いたときはよくわからなかったのですが、今は体験としてよくわかります。
確かに大手メディアがいきなり「ブルーベリーは小平市の特産品なんです。ぜひ取り上げてください!」などと言われても、危なっかしいし、胡散臭いし・・・取り上げないですよね。
でも、小さなメディアでも掲載されていれば「地元の情報紙でも取り上げられている、小平市のブルーベリーですが・・・」と続けると信用度が全く違います。
そして、大手メディアの人たちが、地方の小さなメディアに目を通していることもよくわかりました。
皆さん情報収集のために、色々な媒体に目を通しているのです。
すると、小さなメディアに出続けていると、自然と中規模なメディアが、そして大手メディアが取材依頼に来るようになります。
そして、よく聞く話がいきなり大手のメディアに出ると、客が殺到し対応できず、苦情となり、帰って印象を悪くする。。。というもの。
少しずつ大きなメディアになると、こちらの対応も少しずつレベルアップしていくというのです。
小さなメディアからの歩みは、もちろん即効性はありません。
でも、広報戦略って、地道に、時間がかかるものなんですよね。
「小さなメディアを大切に」
「メディアはメディアを取材する」
の言葉を信じていると、きっと成果が得られると思います。
2017年2月28日火曜日
意見を変えるのは妥協すること?
れんげ舎の長田英史さん。市町村職員所の「場づくりクラス」という研修でご一緒して、とても共鳴しました。
その後、長田さんの発行するメルマガ(月3回発信)を楽しく購読しています。
直近のメルマガの話題がタイトルの言葉です。
◇意見を変えるのは妥協すること?
「会議で一旦ある意見を主張したら変えない」ということ、よくありますよね。
自分自身でも、変に凝り固まらないように気を付けています。
そして、変化を受け入れようと思っています。
(もちろん、変えないという選択もありだと思います)
長田さんは、メルマガでこう記しています。
|意見の内容云々ではなく、自分が変わることを、
|自分自身に許していないのです。
|自分自身に、変化することを許す。
|このようなあり方が、可能性が広げてくれる。
でも「変化」は「妥協」ではないんですよね。
色々な異なる意見が出会うことによって、新たな意見に成長する。
まさにイノベーションですよね。
まさにイノベーションですよね。
風見鶏とか日和見とか変わることがマイナスのように言われることもありますが、むしろ、色々な情報によって新たな意見へと変わることの方が自然だと思うのです。
変化というよりも「進化」というのかもしれません。
変化というよりも「進化」というのかもしれません。
とはいえ、上司の言うことがコロコロ変わったりしてイライラすることも・・・
意見が変わるのには2つ原因がありそうです。
①その人の特性
②外部的な要因
①の場合、「忘れっぽい」「思いつき」「優柔不断」などなどいろいろな理由があるかもしれませんが、あまり深く考えて様子。
こちら側でコントロールもできないので、振り回されても気にしないということでしょうか。
②の場合、外部環境は状況は刻々と変わります。
特に、最近は、不確実で、流動的で、不安定で・・・、
先行きが見えない時代。未来などわかるはずもありません。
なので、議論をしていて、新しい情報が入ってきたら、意見を変えるのは必要なことだと思うのです。
むしろ、当初の意見を守り続けていたら、舵取りを見誤ってしまうかもしれません。
これは妥協とは違いますよね。
私自身、ダーウィンの言葉を引用することがあります。
|「最も強い者が生き残るのではなく、
| 最も賢い者が生き延びるのでもない。
| 唯一生き残ることが出来るのは、
| 変化できる者である。」
これからも、しなやかに変化していきたいと思います。
2017年2月23日木曜日
IMF2017
2月19日(日)に行われた「インターミディエイターフォーラム2017」(IMF2017)に参加して来ました。
日本で初めて『インターミディエイター』をテーマとして開催されたフォーラムです。
「インターミディエイター」は、馴染みがない言葉かもしれません。
新しい概念で、まだ、的確に表す日本語がない言葉なのです。
異なる世界の「あいだ」に立ち、さまざまな次元で異なる領域を媒介し、対話と協働をうながすモノやヒト。
あらゆる「あいだ」から両側を活かし、新たな需要と未来を創り出す存在と言われています。
フォーラムは、とても刺激的でした。
インターミディエイター講座には、色々なご縁から2年目に参加し、色々な気づきと理論をいただきました。
これまでボヤっとしていた事象が、クリアになり、成功や失敗、障害などがすとんと腹に落ちてきたのです。
そんなご縁から、幸いにも登壇の機会もいただきとても感謝しています。
(登壇と言っても、私の実践している事例を、インターミディエイターの視点から紹介したものです)
インターミディエイターの話を聞いていく中でも、新しいパラダイム「第3カーブ」の話には、目から鱗というか、鳥肌が立ちました。
これまで、理由がわからないまま壁に当たっていたのはこれかと、衝撃的な気づきでした。
この概念が分かってくると、視野がスッと開けます。
無駄に壁にぶつかることなく、新たな解決方法、道を探ることができるようになったのです。
無駄に壁にぶつかることなく、新たな解決方法、道を探ることができるようになったのです。
また、「リーダー・フォロワー論の限界」という話も秀逸。
強いリーダーは、強いフォロワー(指示待ち族)を作るだけで、新たなイノベーションはそこに起こらないという指摘は納得です。
ではどうやってイノベーションを起こしていくのか。
それには、やはり2つの「D」だということです。
これらをベースに、私以外の発表者の方々の事例紹介は、とても素晴らしかった。
現場で実践している皆さんの事例は、気がつかないうちにインターミディエイターの視点、手法であり、成功へとイノベーションへと繋がっている。
気付きが多すぎて、いまだに消化しきれないくらいです。
20世紀は「専門分化」と「分業」が進んだ世紀。
いわゆる2分化、分離が進んだ時代です。
しかし、この2分化が閉塞感を呼んでいるのが21世紀です。
この閉塞感を打破するには、分離したものをもう一度結び合わせ、相互に関わりを持ち、新たなイノベーションを起こす必要があるのです。
これには「開かれた対話と創造の場」が必要で、かつ、切り離されたモノ・ヒトの間を媒介する「インターミディエイター」が必要だということです。
20世紀は「専門分化」と「分業」が進んだ世紀。
いわゆる2分化、分離が進んだ時代です。
しかし、この2分化が閉塞感を呼んでいるのが21世紀です。
この閉塞感を打破するには、分離したものをもう一度結び合わせ、相互に関わりを持ち、新たなイノベーションを起こす必要があるのです。
これには「開かれた対話と創造の場」が必要で、かつ、切り離されたモノ・ヒトの間を媒介する「インターミディエイター」が必要だということです。
今回のフォーラムでは、本当にたくさんの気づきと、色々な方々との出会いがありました。
あらためて、私の現場で実践に結び付けていきたいと思っています。
あらためて、私の現場で実践に結び付けていきたいと思っています。
2017年1月26日木曜日
「2つのD」を意識して
先日の人財塾・東日本支部のフォローアップ研修で、
2017年の行動宣言として『繋ぐ』と示しました。
単に物理的につなぐのではなく、創発を起こすように「繋ぐ」ことを意識したいと思います。
それには、インターミディエイター講座などで教えていただいた「2つのD」を意識しながら行きたいと考えています。
「Diversity(多様性)」と「Dialogue(対話)」です。
創発には異質なものの出会いが必要です。
そして、互いに分かり合えない関係も、対話により分かり合える関係へと転じていきます。
異分子が出会うからこそ、新たな気づきとブレイクスルーがあり、
気づきを得られる手段が「開かれた対話」というわけです。
しかし、そこに足を踏み出すのは、飛び出すのは、ちょっと勇気がいるかもしれません。
そこで、昨日のK-up vol.3では、地域に飛び出し、繋ぎ、様々な成果を上げている地域活性化センターの前神有里さんをお招きし、そのあたりの話を具体例で聴いてみようと思いました。
(残念ながら、突発の業務で、私自身は聴くことができませんでしたが・・・)
リーダーのように「上」に立つのではなく、「間」に立つ存在。
間に立ち人と人、知と知を繋ぐ存在。
そして、両側とともに成長、進化する・・・。
そんなインタミディエイターを意識しながら、新年度に新たなプロジェクトを開始します。
2017年の行動宣言として『繋ぐ』と示しました。
単に物理的につなぐのではなく、創発を起こすように「繋ぐ」ことを意識したいと思います。
それには、インターミディエイター講座などで教えていただいた「2つのD」を意識しながら行きたいと考えています。
「Diversity(多様性)」と「Dialogue(対話)」です。
創発には異質なものの出会いが必要です。
そして、互いに分かり合えない関係も、対話により分かり合える関係へと転じていきます。
異分子が出会うからこそ、新たな気づきとブレイクスルーがあり、
気づきを得られる手段が「開かれた対話」というわけです。
こうして、いつの間にか個々人の能力の組み合わせによる「創発」が起こる関係性、環境が出来上がっていくのです。
しかし、そこに足を踏み出すのは、飛び出すのは、ちょっと勇気がいるかもしれません。
そこで、昨日のK-up vol.3では、地域に飛び出し、繋ぎ、様々な成果を上げている地域活性化センターの前神有里さんをお招きし、そのあたりの話を具体例で聴いてみようと思いました。
(残念ながら、突発の業務で、私自身は聴くことができませんでしたが・・・)
リーダーのように「上」に立つのではなく、「間」に立つ存在。
間に立ち人と人、知と知を繋ぐ存在。
そして、両側とともに成長、進化する・・・。
そんなインタミディエイターを意識しながら、新年度に新たなプロジェクトを開始します。
2017年1月5日木曜日
「繋ぐ」。そして創発へ
2017年がスタートしました。
今年は「繋ぐ」ということを意識しながら、仕事をしていきたいと思います。
これまでも繋ぐことは、意識していましたが、もう少しはっきり、しっかりと。
縁あって、一昨年「インターミディエイター講座」に参加し、様々な気づきをいただきました。
インターミディエイターは、
『人と人の「あいだ」、異なる世界の「あいだ」に立ち、さまざまな次元で異なる領域を媒介する人。
あらゆる「あいだ」から両側を活かし、新たな需要と未来を創り出す存在。』です。
ただ単に繋ぐだけではなく、『両側を活かしながら繋ぐ』、『新たな創発を生み出すために繋ぐ』。
このあたりを意識しながら繋いでいきたいと思います。
幸いにも、現在の職場には、これを実践できるフィールドがあります。
しかも、ルネこだいら、小平ふるさと村と二つも!
1、2年目と職場内、外に少しずつ種をまいてきました。
そろそろ芽を出してくる頃だと思います。
これまでの「繋ぎ」をさらに発展させ、新しいものが生まれるよう、
取組んでいきたいと思います。
インターミディエイターをさらに知りたい人へ・・・
2月に「インターミディエイターフォーラム2017」というイベントが開催されます。
今年は「繋ぐ」ということを意識しながら、仕事をしていきたいと思います。
これまでも繋ぐことは、意識していましたが、もう少しはっきり、しっかりと。
縁あって、一昨年「インターミディエイター講座」に参加し、様々な気づきをいただきました。
「インターミディエイター」という言葉は、まだ広く浸透していないかもしれません。
インターミディエイターは、
『人と人の「あいだ」、異なる世界の「あいだ」に立ち、さまざまな次元で異なる領域を媒介する人。
あらゆる「あいだ」から両側を活かし、新たな需要と未来を創り出す存在。』です。
ただ単に繋ぐだけではなく、『両側を活かしながら繋ぐ』、『新たな創発を生み出すために繋ぐ』。
このあたりを意識しながら繋いでいきたいと思います。
幸いにも、現在の職場には、これを実践できるフィールドがあります。
しかも、ルネこだいら、小平ふるさと村と二つも!
1、2年目と職場内、外に少しずつ種をまいてきました。
そろそろ芽を出してくる頃だと思います。
これまでの「繋ぎ」をさらに発展させ、新しいものが生まれるよう、
取組んでいきたいと思います。
インターミディエイターをさらに知りたい人へ・・・
2月に「インターミディエイターフォーラム2017」というイベントが開催されます。
私も少しお手伝いをしますので、興味のある方はお問い合わせください。
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