2017年7月7日金曜日

登壇のススメ

201775日(水)。
今年も山梨県市町村職員研修所で登壇させていただきました。


今回で6回目です。
テーマは「住民との協働によるまちづくり」。
小平市での事例を交えながら、講義とワークを行ってほしいというオーダーの1日の研修です。

毎年、自分で良いのか?と思いますが、何度もお声かけいただけるということは、大きな失敗はないということでしょうか?



以前、このブログで「学然後知不足、教然後知困」を取り上げました。

( 書き下し)
「学びて然る後に足らざるを知り、
  教えて然る後に困(くる)しむを知る」
  学ぶことによって、自分の知識や経験がいかに足りないかを知り、
  人に教える時になって、教えるものとしての自分の未熟さと努力の必要度を知る。

登壇することって、最大の学びの場ですね。

自分の力量ではまだまだは思いながらも、足りなさを確認し、いろいろな気づきをいただける場であり、大きな収穫があるのです。

登壇することで得られることをいくつかピックアップします。


①事前準備で、受講生の数倍は勉強する
人前で話すということは、本当に緊張します。(最近は歳と共にドキドキ感は薄れてきていますが。。。)
人前で自分の意見を言うのですから、しっかりと自信を持って話さなくてはなりません。この恐怖を克服するために、事前勉強として受講生にお知らせする数倍は事前勉強しなくてはなりません。
でも、この作業が、自分にとってどれくらいプラスになるか。。。
勉強度本気度が違いますから、身につく!
当然、テーマ(今回でいえば「協働」)についての本は読みますし、「まちづくり」という言葉の意味も考えます。
受講しているだけでは、講師からの説明に「そうだよなぁ」「そういう考え方もあるなぁ」などと受け身になってしまいますが、登壇する場合には、教室で何十人の前で話し、質問を受けるのです。
しっかりとした準備は欠かせませんよね。このプロセスがしっかり身になります。

自分の考えを整理できる
人前で話すためには、そのテーマを自分なりに理解していなくてはなりません。
ただ「ペーパーを読むだけ」では、どこかの答弁と同じようになってしまいますね。。。
事前に自分なりに理解するということ。そして、自分の言葉で伝えること。
この準備のために「自分の考えを整理しておく」必要があるのです。
企画書や提案書を書いていて、「自分の言っていることがよくわからない」、「論理が飛躍している?」と気がつくことってよくありますよね。
登壇しているときに自分の理解不足が浮き彫りになることも良くありますが、その時の冷や汗と言ったら・・・。
そうならないために自分の考えを整理しておくのですが、これがいろいろと役立ちます。
もちろん「冷や汗をかく!」ということも、とても重要な収穫ですが・・・。

質問されると、さらに理解が進む
事前準備をしていても、考え、着眼点は千差万別。思わぬ質問が飛んできたりします。
しかし「わかりません」「知りません」という訳にはいきません。
この時、火事場の馬鹿力というか、信じられないようなスピードで脳が動き始めます。
事前準備では足りなかった、知識の整理が進み、また、潜在的な知識を呼び起こしたり、結合したりということも起こり、より理解が深まっていきます。
もちろん、このときの「緊急脳内トレーニング」は、かなりの筋トレであるため脳の活性化にも良いようです。

反応から新たな気づきがある
登壇すると、教室内、受講生全員の顔が思った以上によく見えるものです。
こちらの話していることが理解されているか、わからないか、いろいろ反応を見ながら進んでいきます。(もちろん、寝ていることはバッチリ見えます)
「反応がわかること」ってとてもありがたい。
わかっているのか、わからないのか。
わからないのは、話し方が悪いのか、話している内容が悪いのか、展開が悪いのか、図表が分かりにくいのか・・・などなど、伝え方について、気づきをたくさん得ることができます。
文章化するだけではわからない、直接の反応だからこそ、気がつくことが多いのです。

他の活動にも役立つ
仕事の上でも、上司への企画提案、職場内会議でのプレゼン、市民への説明会など、大小はいろいろとあると思いますが、たくさんの「登壇の場」があると思います。
研修での登壇経験は、人前で話す機会に必ず役立ちます。


・・・と、登壇の機会は、基本的に良いことばかりです。
もし、そういう声かけがあったなら、機会をいただいたなら、
躊躇せずに受けることをお勧めします。


とはいえ私も、ああすればよかったとか、こういう表現をすればよかったかなぁとか、いろいろ反省しています。
今後も引き続きお声がかかるよう、努力していきたいと思います。
 

2017年6月9日金曜日

「価値」ってなんですか?

先日、日本財団CANPAN・NPOフォーラム 第2弾「新しい価値観」をつくる~ 価値創造の新しいパラダイム ~ に参加して来ました。
講師は、いつもお世話になっている松原さん(設樂剛事務所)。
今回は「価値」がテーマでした。


「価値」って、わかりそうでわからない。
今まであまり真剣に考えたことがありませんでした。
冒頭の山田さん(CANPAN)のレクで、
「皆さんの団体をアピールするときに『活動』をPRしていませんか?」という問題提起。
 ・こういう事業をやっています
 ・こんな講座をやっています
 ・こんな支援メニューがあります ・・・
確かに、活動ばかりPRしていたことに気がつきます。
本当は、その先にある成果が大事。
こんな立派な活動をしていますではなく、その活動によって皆さんの生活がこう変わりますとか、活動の先にある人たちにどのような「価値」を届けることができるか。
私たちの活動は、地域社会にとってこんな「価値」を生み出している。
ということが、大切なのに。。。
 
「そもそも「価値」って何でしょう?」
松原さんの講義は続きます。。。
「価値」の考え方も、時代によって変化してきていること。
第1カーブの時代と第3カーブの時代では「価値」の考え方が違うこと。
・・・本当に、目から鱗のことばかり。。。
(第3カーブの話は、本当に聞いておいた方が良いです。。。)

そして最後に、ロキーチの価値分類。
最終価値とは何か?・・・実はとってもシンプル。
最終的には、誰でも共有できる、シンプルなものになるのですね。
でも、価値はとっても多様。
色々な価値があって、それに向かう様々な取り組みがある。
そして、価値から逆にアプローチすると、今の活動ではなく違ったアプローチ、展開が考えられる。。。
これから、指定管理の提案書を作成するのですが、とっても参考になる視点をいただきました。
自分を振り返ると、まだまだ、第2カーブの視点で考えていました。。。
これを知らないまま、提案書づくりに参加したと思うと。。。怖っ!(> <)

いや~・・・行ってよかった。

2017年6月5日月曜日

「ワークショップ温泉」

東京大学大学院 中原研究室の「ワークショップ温泉にご用心」という記事。

中原先生の定義するワークショップ温泉とは、
「ワークショップ・研修に日々参加することが、「温泉」のごとく気持ちよくなってしまい、反面、現場でアクションをとることに、億劫になってしまう状態」
とのこと。

ワークショップ温泉は「研修温泉」や「セミナー温泉」にも言い換えられる言葉で、各地のセミナーに参加したり、自主研究グループを運営する身として、ドキッとしました。

確かに、自主研などには、熱い人たちが集まるので、全体として暖かく、気持ちが良いです。
また行きたい!という気持ちにもなります。
でもこれって「非日常」の楽しさなんですよね。
TDRやUFJに行くというのと同じように。。。

「学習とは、自らの行動パターンを変えることである」
とあるセミナーでお聞きした言葉です。
学んだことが行動に結びつかなければ、実践に生かさなければ、そこで学んだことは単なる「情報」でしかない。。。
学びに行っているのではなく「情報収集」に行っているにすぎないということですね。

しかし、時には、疲れた心身を癒すために、温泉につかりたいですよね。。。
そういうときもあるんだと思います。

でも、単なるレジャーに終わることのないように、
学びを実践に結びつけることを意識して、
これからも学びの場に身を投じたいと思います。。。

自戒を込めて。





2017年5月17日水曜日

「学然後知不足、教然後知困」

「学然後知不足、教然後知困」
( 書き下し)
「学びて然る後に足らざるを知り、
 教えて然る後に困(くる)しむを知る」
  学ぶことによって、
  自分の知識や経験が
  いかに足りないかを知り、
  人に教える時になって、
  教えるものとしての自分の未熟さと
  努力の必要度を知る。
五経の一つ「礼記」の一文です。






「何でそんなに外に勉強に行くの?」とよく聞かれます。
でも、学びに行かないと、自分の足りなさがわかりません。
そして、学びの場で、他者との交流がないとなおさらです。
今日の学びを終え、あらためてこの言葉を思い出しました。

そして、自分の力量ではまだまだは思いながらも、講師の要請に応えるのも、足りなさを確認するためなのかもしれません。
登壇することって、最大の学びの場ですから。

学びに行っても、登壇しても、まだまだ足りないなぁと感じればよいのだと思います。
成長する余地があるということですし、まだまだのびしろがあるって、楽しいじゃないですか。

2017年3月1日水曜日

小さなメディアを大切に

ジャーナリスト楽校inこだいらを始めるよりも前の話です。

当時、産業振興課だった私は、他の係の人たちとブルーベリーを小平の看板にしようと掲げました。
とにかく目立つには「大手メディアに取り上げてもらおう!」とと広報媒体の知識も広報戦略もないまま、やみくもに考えていました。

そんな時期、某大手ラジオ局の方に相談したところ言われた言葉が・・・
「小さなメディアを大切にしなさい。」ということ。
言われた私たちは、当初その意味がよくわかりませんでした。

その方は続けて・・・
「メディアはメディアを取材する」という言葉も。
『大手メディアも、地域の小さな記事までは追えないので、地域情報紙をしっかり見ている。
地域情報紙を疎かにするのではなく、しっかり連携して、記事掲載すれば、いつの日か必ず大手が来る。』と教えられました。

小さなメディアからはじめて、大きなメディアにつなげるといわれても、聞いたときはよくわからなかったのですが、今は体験としてよくわかります。

確かに大手メディアがいきなり「ブルーベリーは小平市の特産品なんです。ぜひ取り上げてください!」などと言われても、危なっかしいし、胡散臭いし・・・取り上げないですよね。
でも、小さなメディアでも掲載されていれば「地元の情報紙でも取り上げられている、小平市のブルーベリーですが・・・」と続けると信用度が全く違います。
そして、大手メディアの人たちが、地方の小さなメディアに目を通していることもよくわかりました。
皆さん情報収集のために、色々な媒体に目を通しているのです。
すると、小さなメディアに出続けていると、自然と中規模なメディアが、そして大手メディアが取材依頼に来るようになります。

そして、よく聞く話がいきなり大手のメディアに出ると、客が殺到し対応できず、苦情となり、帰って印象を悪くする。。。というもの。
少しずつ大きなメディアになると、こちらの対応も少しずつレベルアップしていくというのです。

小さなメディアからの歩みは、もちろん即効性はありません。
でも、広報戦略って、地道に、時間がかかるものなんですよね。

「小さなメディアを大切に」
「メディアはメディアを取材する」
の言葉を信じていると、きっと成果が得られると思います。

2017年2月28日火曜日

意見を変えるのは妥協すること?

れんげ舎の長田英史さん。市町村職員所の「場づくりクラス」という研修でご一緒して、とても共鳴しました。
その後、長田さんの発行するメルマガ(3回発信)を楽しく購読しています。
直近のメルマガの話題がタイトルの言葉です。

◇意見を変えるのは妥協すること?
「会議で一旦ある意見を主張したら変えない」ということ、よくありますよね。
自分自身でも、変に凝り固まらないように気を付けています。
そして、変化を受け入れようと思っています。
(もちろん、変えないという選択もありだと思います)

長田さんは、メルマガでこう記しています。
 |意見の内容云々ではなく、自分が変わることを、
 自分自身に許していないのです。
 自分自身に、変化することを許す。
 このようなあり方が、可能性が広げてくれる。

でも「変化」は「妥協」ではないんですよね。
色々な異なる意見が出会うことによって、新たな意見に成長する。
まさにイノベーションですよね。
風見鶏とか日和見とか変わることがマイナスのように言われることもありますが、むしろ、色々な情報によって新たな意見へと変わることの方が自然だと思うのです。
変化というよりも「進化」というのかもしれません。


とはいえ、上司の言うことがコロコロ変わったりしてイライラすることも・・・
意見が変わるのには2つ原因がありそうです。
 ①その人の特性
 ②外部的な要因

①の場合、「忘れっぽい」「思いつき」「優柔不断」などなどいろいろな理由があるかもしれませんが、あまり深く考えて様子。
こちら側でコントロールもできないので、振り回されても気にしないということでしょうか。

②の場合、外部環境は状況は刻々と変わります。
特に、最近は、不確実で、流動的で、不安定で・・・、
先行きが見えない時代。未来などわかるはずもありません。
なので、議論をしていて、新しい情報が入ってきたら、意見を変えるのは必要なことだと思うのです。
むしろ、当初の意見を守り続けていたら、舵取りを見誤ってしまうかもしれません。
これは妥協とは違いますよね。

私自身、ダーウィンの言葉を引用することがあります。
 |「最も強い者が生き残るのではなく、
  最も賢い者が生き延びるのでもない。
  唯一生き残ることが出来るのは、
  変化できる者である。」

これからも、しなやかに変化していきたいと思います。

2017年2月23日木曜日

IMF2017

2月19日(日)に行われた「インターミディエイターフォーラム2017」(IMF2017)に参加して来ました。
日本で初めて『インターミディエイター』をテーマとして開催されたフォーラムです。



「インターミディエイター」は、馴染みがない言葉かもしれません。
新しい概念で、まだ、的確に表す日本語がない言葉なのです。
異なる世界の「あいだ」に立ち、さまざまな次元で異なる領域を媒介し、対話と協働をうながすモノやヒト。
あらゆる「あいだ」から両側を活かし、新たな需要と未来を創り出す存在と言われています。

フォーラムは、とても刺激的でした。

インターミディエイター講座には、色々なご縁から2年目に参加し、色々な気づきと理論をいただきました。
これまでボヤっとしていた事象が、クリアになり、成功や失敗、障害などがすとんと腹に落ちてきたのです。
そんなご縁から、幸いにも登壇の機会もいただきとても感謝しています。
(登壇と言っても、私の実践している事例を、インターミディエイターの視点から紹介したものです)

インターミディエイターの話を聞いていく中でも、新しいパラダイム「第3カーブ」の話には、目から鱗というか、鳥肌が立ちました。
これまで、理由がわからないまま壁に当たっていたのはこれかと、衝撃的な気づきでした。
この概念が分かってくると、視野がスッと開けます。
無駄に壁にぶつかることなく、新たな解決方法、道を探ることができるようになったのです。

また、「リーダー・フォロワー論の限界」という話も秀逸。
強いリーダーは、強いフォロワー(指示待ち族)を作るだけで、新たなイノベーションはそこに起こらないという指摘は納得です。

ではどうやってイノベーションを起こしていくのか。
それには、やはり2つの「D」だということです。

これらをベースに、私以外の発表者の方々の事例紹介は、とても素晴らしかった。
現場で実践している皆さんの事例は、気がつかないうちにインターミディエイターの視点、手法であり、成功へとイノベーションへと繋がっている。
気付きが多すぎて、いまだに消化しきれないくらいです。

20世紀は「専門分化」と「分業」が進んだ世紀。

いわゆる2分化、分離が進んだ時代です。
しかし、この2分化が閉塞感を呼んでいるのが21世紀です。
この閉塞感を打破するには、分離したものをもう一度結び合わせ、相互に関わりを持ち、新たなイノベーションを起こす必要があるのです。
これには「開かれた対話と創造の場」が必要で、かつ、切り離されたモノ・ヒトの間を媒介する「インターミディエイター」が必要だということです。

今回のフォーラムでは、本当にたくさんの気づきと、色々な方々との出会いがありました。
あらためて、私の現場で実践に結び付けていきたいと思っています。